手のOA研究の現状本邦ではOAの研究は大関節を中心になされ、手指の変形性関節症はあまり積極的な研究対象とはなって来なかった。Heberden以来指節間関節のOAは無症候性との認識が広く信じられており、今日でも医師の多くが手のOAは美容的な問題であり、保険医療の治療対象とならないと確信を持って説明をすることも稀ならず見受けられる。疼痛や手の機能障害を訴えて医療機関を受診する患者がEBMの乏しい保存治療を漫然と受けているケースも散見される。欧米の教科書では上肢における関節形成術の対象として最も頻度が高いと紹介される母指CM関節症に対してすら「手術の対象となることは皆無」と確信に満ちて語る手の外科医もいる。Erosivearthritisのように関節症状、予後ともにRAに匹敵するほど不良とされる一群に対しては医師の間でもあまり認識されておらず、しばしば病態不明なリウマチ性疾患ではあるが、血清学的には軽症と判断されて切り捨てられてしまっている患者も見受けられる。一方で、欧米人に比べ日本人では非常に頻度が低いことが知られている手関節橈側のOAに対しては過去20年間に非常に多くの研究がなされ、学会で頻繁に取り上げられてきたため、広く認知されるようになってきた。これに対し、欧米では1980年代より手のOAに対する臨床研究をする為のguideline作りが進んできている。妥当性・信頼性の確認された診断基準、評価基準などを作成し、それらを用いて疫学及び臨床研究を学際的アプローチで推し進めており、多くのEBMに基づく知見が得られつつある。
以下に代表的な組織を示す。
OsteoarthritisResearch Society International (OARSI)
EuropeanLeague Against Rheumatic Disease (EULAR)
American College of Rheumatology (ACR)
Geneticsof Generalized osteoarthritis study (GOGO)
Symptomatic OAの概念
古典的研究ではレ線診断のみで一般人口中におけるOAの発生率を議論してきたが、このようなアプローチをするとOAの有病率は異常な高値となる。しかし、一方で、変形を認める関節の多くが特に症状を有しておらず、臨床的な研究を行う上では意味のない解析となってしまっていた。この為、今日ではx線学的に診断され、かつ症状を有するもののみをsymptomatic OAとして研究する事が趨勢となってきている。しかしながら、現時点ではSymptomatic OAの明確な定義は存在しない(Maheu2006)。Spectorは遺伝学的背景を扱った総説の中で腰椎のMRI所見と臨床症状が必ずしも関連しないというJensenらの報告を例に挙げ(Jensen1994)、x線所見が疼痛や能力低下に関して何ら有益な情報とならないことは一般的であると切った上で、symptomatic OAとradiological OAは関連はするが異なる遺伝子が関与する疾患である可能性すら述べている(Spector TD 2004)。
手のOAでは変形の程度や肥大の状況とX線所見との間にある程度の相関は見られる(Ciccutini 1998, Thaper 2005)が、レ線上最も変形の著しい関節が症状の最も激しい関節とも限らないし、しばしば疼痛や機能障害を認めないことすらある。AspelundらによればACRの基準で理学所見のみに絞ればIcelandの高齢者では男性で19.6%、女性で32%がACRの基準を満たすが、これに症状の項目を加え、手のOAと診断できる者は男性で3.3%、女性で6.8%と少ない。しかし、彼らが手のOAと判定した患者の6ヶ月後の再調査では30%の患者で症状が消失しており、手のOAでは症状が不安定で、symptomaticと断定することは決して容易ではない(Aspelund 1996)。
65歳以上になると多くの人がいずれかの部位にradiological OAを認めるようになることは広く認識されている( Felson 1988, 1987, 1990)。しかし、これらの人々の大半はそれらの関節に症状を有さない。OliveriaはFalloncommunity health plan (FCHP)というhealth maintenance organization (HMO)の会員130.000人を対象に手、股関節、膝のsymptomaticOAの発生頻度(年/100000人)を詳細に調査した。その結果手は100/100.000、股関節は80/100.000、膝関節は240/100.000であった。何れの関節も50歳以上では女性に多く、全体の男女比は何れの関節もほぼ2:1であり、また、ほぼ同じ曲線を描いて加齢と共に発生率が80歳までは増加し、その後減少に転じた(Oliveria 1995: Table 1,2, Figure 1が非常に重要)。膝、股関節のOAと手のOAは別に取り扱うべきとの意見もあるが、以上の結果を受け、彼らは部位による特殊性は認められず、symptomatic OAは共通のdisease profileを示す事を指摘した。この研究では調査対象の1年間にx線を撮影し、それぞれの部位のOAを診断された患者の内で、その時点から1年以内までに症状を当該関節に有していたもののみを対象とし、x線学的に所見があっても症状のないものだけではなく、1年以上前から症状があり、x線でOAが既に診断されていた患者も厳密にprevalent OA(その前から既にOAを有していた患者)として除外されている。その結果symptomatic OAの年率での発生頻度は最も頻度の高い70-89歳女性群でも1年当たり膝で1%、股関節で0.4%、手で0.5%であった。HeberdenはHeberden結節が疼痛を伴う事はなく、機能上の問題というよりは見た目の問題と評した(Heberden 1802)。この影響を受け、手のOAは無症状との認識が現代でも支配的である。しかし,Oliveriaを始め、radiologicalOAの中でsymptomatic OAとなるものの比率は関節に関わらずほぼ同程度との報告は多く、手のOAは特殊であり、無症候性との認識は改められるべきである。一方で、radiological OAの内でsymptomaticOAとなる関節の比率に関しては研究者間で大きな開きがある。Crainはradiologicalhand OA700名中23名がいわゆるinflammatoryOAであったと述べている (Crain 1961)。Dahaghinは55歳以上ではほとんどの人が少なくとも手の一関節においてx線的なOAを認めるが、その約1/5がsymptomatic OAだったと報告している(Dahaghin 2005a,b)。このような論文間での発症率の差を認める一因としては対象患者の違いが挙げられる。Oliveriaの研究は手の症状を訴えて受診した患者を対象としたものであり、患者は治療を求めるほどに症状が強かったものと思われる。実際、Zhangらは手のOAはx線像との相関が膝や股関節に比べると乏しく、また、症状が高度ではない為症状はあっても医療機関を受診していない例を多数認めると述べている(Zhang 2007)。それ以外にも研究者間で手のOAの診断基準が異なる事、symptomatic OAとする基準も異なる事、など研究デザインの違いも大きく関係している可能性がある。
Symptomatic OAとなる関節の特色に関しては正確な情報は乏しい。PeterやSwansonはsymptomatic OAで手術を要するほどの状態を詳しく評価し、これらの患者においては比較的急速に炎症と進行性の変形を伴って疼痛を訴えるようになり、機能障害を訴えるのは比較的進んだステージになってからであることを強調している。同様にAchesonもこれらの患者の主症状は疼痛と関節のこわばりであったと述べている(Peter 1966,Acheson 1970, Swanson 1983)。これに対し、OARSIの手のOAに関するtaskforceは、手のOAは一般的に症状が寛解と再発を繰り返し、変化は不規則で予測不能であり、レ線上最も変形の著しい関節の症状が最も激しいとも限らないし、しばしば疼痛や機能障害を認めないことすらある。この為研究プロトコールの作成においては導入時点での手の状態、研究途中でのOAの発生状況、観察対象となっていない他の手の関節の状況などについても適切に記録するようにしなくてはならないということを強調している(Maheu 2006)。
Hunterは母指CM関節症発症における関節弛緩性の関与を検討した。母指CM関節症が疼痛、不安定性、変形、ROM制限などを伴う事に関してはZhangらの論文を紹介しているが、その中で示されているsymptomaticTMC-OAの発生頻度は70歳以上で女性5%、男性3%と報告されている(Zhang 2002)。Radiological criteria1957年にKellgren &Lawrenceにより記載され、彼らのAtlas of standard radiographに示された特徴的なレ線変化に基づいて多くの疫学研究がなされてきた。しかし、このgrading systemには多くの問題点が指摘されている。元来は記述に従ってstandardradiographsを選び、それに基づいて各gradeを定義していくというものであるが、彼らがstandardとして提示している写真が一定しておらず、この為検者間及び施設間の再現性が乏しいという問題を生じている(Hart 2000)。また、骨棘の所見を重視しているが、OAの経時的変化は関節軟骨に始まりその後軟骨下骨の様々な変化が続くというのが大方の見方であり、彼らのgradingでは関節列隙があり、ほとんど骨棘のない関節を評価することができない。とりわけ手のOAではこのような症例が見受けられ、Kellgren & Lawrenceのgrading systemを適応する事が困難である(Hart 2000)。これらの問題を受けて、いくつかの代案が開発された。Hunterは関節列隙の評価を加えたmodifyied KL分類を用いている(Hunter 2005)。Kallmanは骨棘だけではなく関節列隙の狭小化、軟骨下骨の硬化、側方変形、皮質の圧壊を評価するgrading systemを開発した(Kallman 1989)。更に最近になり手のそれぞれの関節におけるOAの各gradeの特色を示したstandardatlas of radiographsが複数開発され、また、過去のgrading systemに対してこれらの有用性が確認された(Burnett S 1994, Altman 1995, Hart 1992)。
Verbruggenは手のOAには一般的なnodal OAからいわゆるerosive OAまで幅広い病期が存在すると主張し、OA患者の進行や改善の状態を評価するためのレ線評価法を作成した。彼らは閉経期の女性を5年に亘り連続して評価し、かなりの数の患者がIP関節に糜爛性変化をこの間に生ずる事を示し、糜爛はその後修復されると主張し1996年にN-S-J-E-Rの5期からなるanatomicalphaseを提唱した。
Verbruggenの見解にPunziは反論し、全ての糜爛が修復を受けるわけではなく、一部はより高度な変形へと陥っていくとしている。彼は最も典型的な糜爛は関節中央で始まり、遠位関節面は辺縁の硬化と骨棘形成を、近位側は中央が糜爛か圧壊を生じて薄くなり、典型的にはgull-wingと呼ばれる変形を生ずる。いまひとつの典型的な所見はsaw toothと呼ばれる所見であるが、これは一般的にPIP関節に多く見られる変形で高率に関節強直に陥る。頻度の低い変形としては主にPIP関節にこれも生ずるcrumbling erosionsがある。これはDIP関節の近位側の軟骨下骨が多孔体状となるものだが、治癒過程を経てほとんどのものはgull wing変形にいたる。
Clinical criteria代表的なものとしては1990年にACRにより発表されたものがある。彼らはRAをはじめとする他のリウマチ性疾患との鑑別に有用な臨床的、x線的所見を見出すべく研究を行い、その結果x線所見の診断的価値は臨床所見に及ばない事を報告し、clinical criteriaを作成した。Altmanはこの診断基準を彼らの作成した”classification tree”に従って適応する際の臨床診断基準の感度は92%、特異度は98%であり、非常に有用性が高い。この臨床診断基準を”classification tree”を用いずに「4項目中3項目を満たす際に手のOAを有すると判断する」という古典的なフォーマットを適用して用いた際には感度は94%、特異度は87%となる。ポイントは個々の関節の所見ではなく、一連の関節の変化を総合的に評価する事であり、個々の関節の評価は感度、特異度共に不十分なものであった。x線所見は両手A-P像を用い詳細に評価されたが、関節毎の評価においても、一連の関節の変化を組み合わせても感度、特異度共に不十分なものであったと報告している。また、3関節以上のMP関節の腫脹は除外診断に用いられたが、これにより活動性のRAだけではなく、spondyloarthropathiesやhemochromatosisもうまく除外されるとしている。
MannoniらはACRの診断基準の有用性を確認する為に65歳以上を対象に一般人口を対象とした調査を行ってその有用性を検証している。693名(female 406, mean age 74.1±6.8)が始めに老年科の医師によりレ線所見を考慮せずACRの診断基準を用いて手のOAの有無を評価され、139患者が陽性と評価された。内訳は22患者がthumb basal joint arthritis単独、16患者がthumb basal joint arthritisを合併しないnodalarthritis, 他の患者が双方のOAを認めるものであった。これらの患者中で101人がリウマチ科の医師による再評価を受け、その74.2%が手のOAと診断された。彼らはこの結果を受け、ACRの診断基準が関節疾患に馴染みのない医師によってもうまく活用できる事、手のOAの有病率が14.9%である事を報告した。
しかし、これらの見解には反論も多い。リウマチ患者を対象とするのではなく一般人口を対象とした研究ではOAと関節疾患を有さない人との鑑別が主体となり、この際はradiologicalcriteriaのほうがclinical criteriaよりも有用と主張するものもおおい(Dieppe 1992, Hart 1994)。Aspelundは痛みの頻度とタイミングに関する設問の説明文によりclinical criteriaを用いた調査により得られる手のOAの有病率が大きく変化してしまう事を指摘している(Aspelund 1996)。
このように現時点では普遍的に利用できる手のOAの診断基準が確立されておらず、この為疫学研究や臨床研究に支障を生じている。そこで、OARSIは現時点では以下に示すように研究対象により異なるinclusion criteriaを用いる事を推奨している。
Symptom modifying drugsの有効性を検証する研究におけるcriteria
2関節以上のIP関節、1関節以上のCMC関節、或いはIP及びCMCの双方に症状を有するいずれかのパターンを取り、疼痛は評価の48時間以内にもレ線にて明らかなOA変化を伴う関節で自覚されており、鎮痛薬を服用しない状態でVASで30?40mm以上、Likarscaleで1?2以上の痛みのレベルであり、機能障害はFIHOAで25%以上(5以上)、AUSCAN LK function subscaleでは9以上、VA function subscaleでは225以上、の患者を対象とする。
FIHOAでは5点がasymptomatic OAとsymptomatic OAの境界と報告されている(Dreiser 2000)。
? Structure modifying drugの有効性を検証する研究用
IP関節では2関節以上、CMC関節は1関節以上にKellgren& Lawrence grade 2-3以上のOA変化を認めるか、Verbruggen分類でSあるいはJ期以上の変化を認める。OAの進行を抑制するトライアルを行う為の重症度や罹患関節数を規定する為のEBMはまったく存在しない。OARSIはこの目的にはIP関節を対象とすることを勧めるが開始の時点で罹患関節痛が6個(1/3)以内のものを対象とするほうがよいと勧めている。
n 手のOAによる機能障害
何人かの研究者により手のOAの機能への影響が調べられてきた。LeebはRA患者と比較して手のOA患者の機能障害はほぼ同程度である事を報告した(Leeb 2003)。これに対し、Pattrickは発症後10年を経過した時点ではnodal OAでは機能障害は軽度だが、erosive OAでは高度の障害を残していると報告している(Pattrick1989)。
Generalized OAに関する議論GeneralizedOA (GOA)という名称はcontroversialである。GOAという呼称を提唱したのはKellgrenとMooreであり、彼らはこれを独立したentityの疾患と考えた。彼らは391例のOA患者を調査し、120患者(その多くは女性であった)では関節罹患に特有のパターンを認め、症状、経過も特有であるとした。彼らによれば罹患関節はDIP(80%), CM(60%), PIP (41%), MTP (33%), 膝(53%であり、ほとんどの例で両側罹患)、脊椎(48%), 股関節(30%)である。発症はしばしば急性であり、炎症所見を呈する。発症の平均年齢は52歳。20%の患者は家族暦を有しており、この点からは発症に遺伝が関与する事が疑われる(Kellgren1952)。この意見には多関節の罹患はランダムに生じているとの指摘を持って反論もあったが(O'Brien1968)、統計学的な解析の結果はGOAが他のOA患者とは独立した一群である事を示す傾向にある(Egger 1995)。Eggerらは45-64歳の女性を対象にpopulation based studyを実施し、その結果、予想されるよりも有意に高い比率で4関節以上の罹患を認めたとしている。関節罹患のパターンを最もよく示しているのは対象性であり、これが最も重要な所見である。Dahaghinは1235名を対象にコホートスタデイーを行い、手のOAを有する患者では股関節あるいは膝関節のOAを発症するリスクが有意に高い(OR=2.1, 95%CI:1.3-3.1)と報告している(Dahaghin 2005)。多関節罹患のパターンは幾つかにclusteringする傾向がみられ、最も多いのがDIP-PIPであり、PIP-CMC, CMC-knee, PIP-knee, DIP-kneeと続く。EULARはこれらのデータにより多発関節罹患のリスクのある患者群があることを支持している。
手のOAは複数のsubsetsに分類されるのか手におけるOAの発症パターンを見ていると、IP関節を侵さずSTT関節やCM関節に限局するもの、IP関節に発生し、STTやCM関節は正常に残るもの、すべての関節を侵すもの、など分布の面から一見いくつかのsubtypeに分かれるように思われる。実際、母指CM関節症例ではIPの関節症を合併するものが多いが、20%の症例ではCM関節での単独発症である(Armstrong1994, Hirsch 2000)。このような分布の違いだけでなく最近の研究ではCM関節とIP関節におけるOAのリスクファクターに大きな違いがあることも示唆されている。従来関節弛緩はOA全般のリスクファクターと見做されてきたが、Krausは過度の可動性はCM関節に対してはリスクファクターとなるが、IP関節に対しては予防的に作用していることを報告した(Kraus 2004)。
多くの精力的な研究にもかかわらずerosive OAに対する見解は依然として対立しており、現時点でもこれを独立したsubtypeと確定する明確な証拠は見出されていない。Smithは背景因子をマッチングさせたerosive OAとnodal OAのx線所見を比較し、erosive OAはnodal OAよりも関節変形の進行が有意に高度であること、DIP, PIP, 母指IP関節が侵されるが、MP及び母指CM関節にはほとんど波及しないことを報告した。EULARの診断Guidelineでは糜爛、圧壊、関節強直の3つの所見はerosive OAに特有のものと紹介している(Zhang)。また、Punziはerosive OAではCRPが若干亢進し、CRP値と進行度およびり患関節数は相関すると報告している。このようにerosive OAはnodal OAとは異なるsubtypeとの見方が徐々に支配的となってきているが、現時点ではEULARのtask forceもerosive OAがより高度な関節変形と機能障害をもたらすsubtypeである可能性を述べるにとどまっている。(Zhang)。
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